忘れられない歌がある・・・(美 月)
ずっとずっと昔「他人舟」という歌があった。
母は頭は悪いけれど、とても歌の上手い人で、私と違って着物の似合う艶のある女だった。
以前にも書いたけれど、若い頃は三味線を習い、どどいつ・・・民謡・・・小唄など、 叔母の経営するおでん屋で働きながら馴染みの客からリクエストがあると三味線片手に唄っていたらしい。
その客様の中に田舎から上京し靴屋の丁稚として安い賃金で働く父もいた。
私が人様の前で歌を唄いたがるのは(笑)、幼い頃、近所で建前があったときに母の歌を聞いた近所のおばさん達が手拍子に合わせ涙しながら母と一緒に唄う姿に、感動とは一味違った親近感という感情を憶えたからかもしれない。
社会人になったばかりの頃、 母が入っていた互助会?の催しで結婚式場体験ツアーというものがあった。 もちろん、まだ結婚など一切決まってはいなかったけれど、バスに揺られて美味しい物までただで食べさせてもらえるのだからと、母に誘われ父の勧めもあり、二人で出かけることになった。
私はこの時しか母と二人で出かけたことはないんだけどね。
式場は結婚式スタイル(円卓)で客席が整えられいて200人くらいが招かれていたのかな?
食事をしながらの舞台では、当時ではまだ珍しかったカラオケ大会となるはずだったんだけど、今から25年前は舞台で歌など唄いだかる人はそうはいなかった。
もちろん花となるはずの若い女性ばかりが先に声を掛けられた。
「こんな立派なステージで独り舞台が踏めるなら、私が歌おうかな?」と思ったけれど、
いちよう母にも社交辞令で「ママの方が歌が上手いんだから、ぜひ歌ったほうがいいよ!」と言ってしまったから、さあ大変っ!・・・(汗)
式場の人の勧めもあって(それほど勧めてくれてはいなかったと思うけれど・・・)
普段は恥ずかしがり屋の母だけど、歌が唄えると聞いて舞台へと上がってしまった。
母は正式な場所に出たことが殆どなく商店街ではお喋りできるけれど、少し偉そうな人と話すのが苦手だった。 だけど・・・歌だけは平気で唄う人だった。
その時、母が選んだ歌が「他人舟」だった。
なにもね、この席で「他人」と名の付く歌を唄わなくてもいいのでは?と思った。
でもね、母にはどうしてもこの歌を唄いたい思いがこの時にあったのだろうと思う。
「他 人 舟」
1 別れてくれと 云う前に
死ねよと云ってほしかった
ああこの黒髪の先までが
あなたを愛して いるものを
引き離す 引き離す 他人船
2 背中を向けた 桟橋で
さよなら云えず 濡らす頬
ああ この指切りの 指までが
あなたを愛して いるものを
引き離す 引き離す 他人船
私の嫌?な予感は的中してしまった。母はやっぱり3番を歌う前に泣き始めた。
いつも必ず2番の途中で涙がいっぱいに溢れてしまうのを知っていたからね。
母にとって、この歌はね・・・
いつか父と別れる日を想定しているんだと私は思っていた。
3 いつか逢えると それだけを
のぞみにかけて 生きてゆく
ああ この目の下の ホクロさえ
あなたを愛して いるものを
引き離す 引き離す 他人船
三番の歌詞を思い出すと泣けてしまう。まさに母の最期を唄ってるようで、母がどんなに父に逢いたかっただろうか?その会いたさ、切なさが今の私ならわかるようになったから・・・。
でもね、本当に馬鹿だとは思っていたんだよ。
365日、一日くらい「愛休日」を作ればいいと思ったくらい、母は何かに憑かれたように父を愛していたのだからね。
母は父を見送る最期の時をいつも怖がり、父が死んだら自分も必ず着いていくと言っていた。
正直に言うとね・・・
「そこまで言うなら、必ず一緒に逝ってくれ!」と私はいつも心の中で言い続けた。
だって、こんな父依存症女を置いていかれたら、さすがに血のつながった親子であっても私には面倒なんて見切れないよ。
私にも私の人生がある・・・・。
人の人生を抱えられるほど心の財産はまだ乏しく、私には今を歩まなくてはならない責任があった。
なぁ?んてね・・・こんなの言い訳に過ぎないんだよね。
出来なかったことを肯定しようとしているだけのことで、後悔なんてね・・・自分の過去への戒めだとちゃんとわかっているんだよ。
「親子の愛は無償だ」とどこかの本に書いてあった。
だけどね、私の昔の家族にはこの言葉の意味を知らない人が多くて、きっと、当時の私なら、置いてけ堀に沈められた母の孤独を観ているうちに、私の頭の方が先におかしくなってしまう自信があった。
本来ならね・・・ 父だって「子供達を頼む!」と言うべきところだろうけれど、父はいつも子供達に「母を頼む!」と言っていた。
こんな茶番劇を何百回も観せられているうちに、私までがすっかり父が先に逝くものだとついつい思っていたけれど、 結局は筋書き通りには行かず、父は今も生きている。
父が一年に一度、商店街の旅行で帰らない日は母を慰めながら、私まで早く朝にならないか?と東の空ばかり観ていた。
商店の夫婦はね、会社員と違って離れることがないからね・・時間の観点も、皆、ずれてしまっていて銭湯の番台が男と女を分ける間の少しの時間さえ長く感じるらしい。
※ 今はもう無くなってしまったけれど、私がずっと通っていた銭湯です。昔はね、自転車が置いてある場所におでんの屋台が出ていました。 少し時間に余裕のある夜は銭湯上がりの火照った体で飲む二人酒が、どんなに贅沢な銘酒より心に沁みる庶民の憩いの場所でした。
父は朝になると旅館の朝食を取ったら、みんなより先に帰ってくる。
他のみんなは折角の羽伸ばしだからと観光に周るけれど、
父は母が心配だから、母の大好きな温泉饅頭を買って帰ってくる。
父は精神的には丈夫な人だけれど、体で切り刻んだ所がないほど病気ばかりする人で、それを今は自慢の一つにしているくらいです。
先週、弟から電話がありました。 父に癌が見つかったそうです。
これで癌とのお付き合いは二度目となります。
弟の電話からしばらくして父から電話がありました。
それも出かけ先から電車に乗る前の少しの間を利用しての電話で、大切なことなど何一つ話すことなく、電車が来たので勝手に切られてしまいました。
携帯電話が鳴った時に父からだと表示名でわかりました。
だけどね・・・父の「わたしだっ!」という力強さが、なぜか?私にはいつも以上に父の存在を大きく告げているような気がして、私は父に向かって「そっちから電話してきたくせにえばるなっ!」と言ってしまいました。
父は病気の度に生還してきます。
世に言う憎まれっ子世に蔓延るとは父の持論でもあり、結局、意地悪ジジイはね・・・やっぱり死なないんだよね。 ううん、誰もが一度は「死」を経験するけれど、でもね・・・私は父がいつ死んでしまっても後悔はないと思っているくらい、父の人生は鮮やかな色彩で描かれていると思います。
母は風邪も引かないほど丈夫な人だった。
持病に喘息を持っていて、季節の変わり目には喘息が出てしまう。
ちょうどこれからの季節・・・
母は喘息になると苦しくて横になっては眠れないから、父がいつも母が痰を吐く為に四つ折りにした新聞紙を片手に持ち、箪笥に寄りかかる母の隣に座っては朝まで背中を摩っていた。
だから父は自分が傍にいない秋の旅行シーズンは、母のことが気がかりで父は父で羽を伸ばすはずの湯河原の夜を心配しながら過ごしていたのだろうと思う。
なぜか?商店街の旅行は湯河原ばかりだった。
私は湯河原に行った事がないけれど、当時の湯河原にはきっと男性にとっての聖地があったのかもしれないね(^_^;)
母はあんなに騒いで心配して自分が先に死んじゃうんだから・・・ホントに馬鹿だよね。
馬鹿で馬鹿で大馬鹿だよね・・・。
だから、私は懐かしい両親に逢いたくなる日には「きみに読む物語」を読む。実はDVDも持っているのだけれど、まだ一度しか観ることが出来ていない。 物語の美しいシーンをちゃんと憶えているから、イントロを聞いただけで泣いてしまうと思うからね・・・・。
話がそれちゃったね・・・ごめんなさい。
悪いくせだけれど、ずっとこのまま直ることなく終るのかなぁ?(^_^;)
母は涙ながらに最後まで唄いきった。今思うと泣いても音程がぶれないんだから、実は母は美空ひばり並みの演技派歌手だったのかもしれないなぁ(笑)
母が泣いたらね・・・
私の周りのお母さん連中が母よりもっと泣いてたよ。
涙を拭うことを忘れ、だらしなく弛んだ鼻からはしょっぱそうな鼻水垂らし、人生を流れていくうちに淀んでしまった川水ような・・・それでいてどこか綺麗な涙を首筋まで流し泣いていたよ。
ほんのつかの間の人生劇場は静かに幕を閉じた。
母が同じ年代の女性達と歌中の間、一体何を共有していたのか? その時の私にはわからなかったけれど、今はね、少しだけならわかるようになった。
女にはね・・・
男にはわからない自分の中の女との別れが沢山あるんだろうね。
「女」という字に一つ言葉を添えたなら、
娘、婦、、嫁、妊、姑、婆・・・姫にもなれば、娼婦にもなる。
嫉妬も妬みさえ持ち合わせ・・・そして、妖しくもあり姦しくもなれる。
女はね、 いつの時代も文字に人生ひっくるめて、
その時、その時の女片を懸命に生きているのかもしれない。
そして・・・
最期は愛する男の腕に抱かれ灰になれたら、
やっと心安らかとなり・・・天に抱かれる蒼き月となれるのかな・・・。
美 月
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