日々、お越しくださる皆様へ感謝を込めて・・・(美 月)
日々、お越しくださる皆様へ・・・
いつもブログにお越しくださる皆様には、大変感謝しております。
確かに書きたいことがあるから書いているのですが、皆様のアクセスに励まされ、こうして更新を続けていられるのも事実です。
そして相互リンクさせて頂いている皆様にも大変感謝しています。
本当にありがとうございました(*^_^*)
こうして顔の観えない関係で成り立っている店(ブログ)ではありますが、その心は常に懐かしい商店街をイメージして書いております。
物の価値には色々あって、それぞれ商品によって売り方が皆、違います。
過去に例のない物を売るには、過去にない宣伝方法を持ち入り売り方を変えてみる。
それができるのは企業としての組織を持つ強みもあるだろうと思います。
けれど日常的に使われる、また愛されるものに対しては、常に同じ満足を提供できることを心がける。
値引きのできない定価のある商品であれば、店の者のちょっとして心使いをプラスしてお売りする。
この売り方は、昔ながらの商人の商いの仕方です。
私の故郷であります小さな町の商店街も、今は都会的な店ばかりが目に付くようになりました。
昔、商売していた人達は一人二人と消えていき・・・うちの店も母が亡くなったと同時に、店はなくなりました。
私は商店街が新しくなっていくのを悲しんでいるのではありません。
人と人の交流の場が減り価格競争で物を売る、価格で物を評価することの世知辛さにもの悲しさを感じているのだと思います。
そんな思いから、以前、先生に児童書として商店街の物語を書いてもらったことがあります。
商店街を知らない人には少し理解しがたいところもあり、また作品を出した場所の選定を私が誤っただけのことで、結果は佳作となってしまいましたが、私は最高の作品だと思っています。
この作品も皆様に読んでいただける日が来ることを願っています。
あっ!さっそく先生にお願いしてみようと思いました(*^_^*)
失ってしまった世界を取り戻したい・・・なくなってしまったのなら・・・自分で創りたい。
そんな思いからブログを始め、最初は10件もなかったアクセス数が、今は多くの方にお越しいただけるようになりました。
「妄想の座敷牢」から始まり、「灰になるまで恋を・・・」、どちらも私の住んでいた商店街、昔ながらの商店とお客様との関係で成り立っているのだと思っています。
こちらのブログからも沢山の方が「妄想の座敷牢」にお出でくださり、そして先生の作品を読んでくださっていることに、先生も私もとても感謝しています。
この場を借りてお礼申し上げます・・・ありがとうございます(^_-)-☆
ですが・・・私は日々数字を見るたびに感覚は薄れ、次第にお越しいただけることを当たり前に感じてしまっていた自分への戒めが襲ってきました。
昨日は仕事しながら、何度も涙が溢れてきてしまいました。
そのきっかけとなったのが携帯小説です。
先生と同じ思いでありながら、売り方の違いに翻弄してしまいました。
そして昨日は私の本職?(今はどちらが本職なのか?わかりませんが・・・)長い間、働いていてくれていた縁の下の力持ちだった方が退職されました。
時代の流れと言うものが人の心を変えてしまうのか?結果としては、店が人を切るという形になってしまいました。 リストラに近い状態です。
それは致し方のないことであるのかもしれませんが、私が人を救えなかったことに変わりありません・・・完全な力不足です。
昨日は一日、外周りの日のだったので、彼女の退社時間に会社に戻ることができないと思った私は、朝、彼女に長年の感謝の気持ちを伝えました。
彼女が会社に対して快く思っていないことはわかっていましたが、それでも私は長年のお礼を言いたかった。
私は会社に入って・・・初めて会社で泣きました。
今までも色んなことがあったけれど歯を食いしばって頑張ってきました。
今回の涙は、先生とのことと重なったことで、より深い感情の起伏を生んだものだろうと思います。
でもこの二つのことが重なったことで、また新たに歩む道が見えてきたような気がします。
私は商売の仕方を生まれ育った商店街で学びました。
それから長い月日が流れ、今・・・私の商売の仕方はそれ以上でもなく、それ以下でもない・・・私の商売のセンスは、何一つ磨かれてはおらず、何一つ成長していなかったことに気つきました。
私の仕事(商品)も時代の流れにより、大手企業の配下となりました。
そこに初代社長の心は今はありません。
人のお役に立ちたい・・・喜んでいただきたい・・・。
損と得・・・常にお客様に得していただく商売をすることで、喜びが自分に帰ってくるのだと言う教えは今は消えてしまいました。
それでもこうして日々、私が温かいご飯を食べさせてもらえているのは、長年、共に働く心の中に根付いた喜びの種が成長しているからだと思っています。
この花がいつまで咲いていてくれるのだろうか?と思うと不安にもなりますが、花を育てるのは人であること、そして良い花を育てるには、沢山の愛情と知識が必要であることを知れば、恐れることはないのだろうと思うようになりました。
私の住んでいた商店街には、同じような店もありました。
お肉屋さんだって、魚屋さんだって・・・一軒ではありません。
一軒しかない職人気質のお店も(お味噌屋さん、おしんこ屋さんなど・・)ありましたが、小さなスーパーもありました。
昔は買い物籠を持って買い物に行っていました。
だから買った物が丸見えです。
商店街で同じ商売をする人達は、買い物に行く時は必ずと言って良いほど、買い物籠に手ぬぐいやタオルが入っていました。
二軒、三軒、梯子しながらの買い物ですから、同じ商品を売っている店に足を運ぶこともあります。
一般のお肉屋さんで豚肉を買ったとしても、やっぱり鳥の空揚げは鳥肉専門店の空揚げに勝るものはなく、だからと言って、客だからと言って露骨に商品を曝け出すのではなく、買う立場となっても店への心遣いを忘れない。
それが同じ街で共存していく中では、一番、大切なことだったのですね。
母はそういう面では、非常にきめ細やかな配慮ができる人でした。
それも何一つ繕うことなく、自然なままに、そっと人の心に触れることのできる人でした。
それが私にはできないことで・・・だから母が疎ましかったのかもしれません。
今、思うと・・・これもまた自分に無い物を強請る、嫉妬心だったのだろうと思います。
色んなことを思い出して、先生に対しても考えてみたら、私は常に自己意識過剰だったことに気がつきました。
どこかで私がやったのに・・・私だって・・・私も・・・という欲深さを持っていたのだと思います。
それでは人の為ではなく自分の為であり、また逆を返せば、本当に自分のためにしている意識がしっかりとあれば、自分に対して・・・私はこれだけやったとは言わないものですよね。
だから私の行為は、常に売名行為に近いものだったと思うと恥ずかしくなりました。
自分の力を信じることは悪いことではないけれど、私の最大の欠点は、常に自分のことしか見えていなかったのだろうというです。
これでは大切な人達を守ることなどできないのは当然ですよね(^_^;)
けれど落ち込んでいる暇などないのは非常にありがたいことで、今日も先生は私を使ってくれます(えっ”!それって・・・エロ行為かなぁ??)
まあ、どんな形であっても(笑)・・・人に必要とされることに喜びを感じられるようになれたのは、先生と出会わなければ知ることができなかったことだと思います。
先生の口癖・・・「俺に付いてくるなら、黙って付いて来いっ!」なのですが、この言葉が決して傲慢な言葉ではなかったことを知れたのも、今回の出来事のお陰です(笑)
失敗を成功に導く知恵は、失敗をよく知ることだと思いました(^_-)-☆
話が長くなりましたが・・・改めまして・・・。
日々、読んでくださる皆様に感謝を込めて、これからもみっともない恥を自ら晒しながら、思うまま、感じるまま・・・本音で書いていこうと思っています。
「妄想の座敷牢」 & 「灰になるまで恋を・・・」
どうぞ・・・末永くご愛読のほど宜しくおねがいいたします。
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